<<飾り山笠紹介 天神縁起傳(てんじんえんぎでん) 中村 信喬 菅原道真公は幼名を阿呼(あこ)と呼ばれた頃より学問に秀で、長じて右大臣に任ぜられ、活躍しました。ところが讒言により大宰府に左遷されます。見かねた老婆が梅の枝に刺した餅を差し入れたそうです。菅公は失意の中でも、門弟の味酒安行(みさけやす...
<<飾り山笠紹介 西国無双忠節誉(さいごくむそうちゅうせつのほまれ) 生野 四郎 立花宗茂は、「西国一の強者」と称された百戦錬磨の武将。立花家の家督を継いでいた道雪の娘・立花誾千代(ぎんちよ)と結婚して婿養子となり、誾千代に代わって道雪から家督を譲られた。天正14年(1586年)島津軍は九州統一の...
<<舁き山笠紹介 御名應稱倭建命(みなは まさに やまとたけるのみこと とたたうべし) 西川 直樹 [古事記]に依ると、小碓命(ヲウスノミコト)と呼ばれた倭建命は、第十二代景行天皇の皇子としてお生まれになり、第十四代 仲哀天皇の父。古代日本最大のヒーローである。景行十二年、倭王権に抵抗した熊曾の征...
<<舁き山笠紹介 八風吹不動(はっぷうふけどもどうぜず) 溝口 堂央 この大明王は、大威力(だいいりき)あり。大悲(だいひ)の徳ゆえに青黒の形を現じ、大定の徳ゆえに金剛石に坐し、大智慧のゆえに大火焔を現じたもう慈悲にあふれた大日如来の怒れる化身である不動明王禅語である「八風吹不動」順風であっても謙...
<<舁き山笠紹介 渾是胆安宅之忍(すべてこれたんあたかのにん) 白水 英章 「安宅の関にて、関守の追求をかわすため、弁慶は山伏に扮した義経を金剛杖で叩きつけて見せる。危機を脱した義経は弁慶の機転を褒めるが、弁慶はいかに主君の命を助けるためとはいえ、無礼を働いてしまったことを涙ながらに詫びた。義経は...
<<舁き山笠紹介 勇猛漢周而不比 (ゆうもうのかんしゅうにしてひず) 西山 陽一 最も強い者とは、私心を持たず道理を重んじ調和するが、媚びたり流されたりせず信念を貫く。人形 宗 義智(そう よしとし) 宗義智は、鎌倉時代から対馬を統治していた宗家の第十九代島主であり、対馬藩初代藩主。豊臣、徳川政権...
<<舁き山笠紹介 雷電天下無双誉(らいでんてんかむそうのほまれ) 中村 弘峰 雷電為右衛門は江戸時代に活躍した大相撲力士。現役生活21年、江戸本場所在籍36場所の内、大関在位27場所で、通算黒星がたったの10個。勝率9割6分を越える大相撲史上未曾有の最強力士とされている。ちなみに当時は横綱制度がま...
<<舁き山笠紹介 我誓「博多総鎮守」(わがちかいはかたそうちんじゅ) 人形司 武平 博多の町は、奈良時代大宰府政庁の大陸交易を行う出発の町として発展したと伝えられます。そこに暮らす町民は交易や商業を生業として全国的に活躍をし、今日の博多の礎を築いてきました。 博多の町の特徴は地の利もさることながら...
<<舁き山笠紹介 双神剛一志(そうじんつよきこころはひとつ) 川崎 修一 梵語の「阿」と「吽」。古来この二文字は、宇宙の始まりと終わりを表す言葉とされた。日本では二人の人物が呼吸を合わせて行動する事を、「阿吽の呼吸」と云う。千代流では、二人の「阿」と「吽」の神を表と見送りに飾り、そのパワーを以て流...
<<飾り山笠紹介 源頼政鵺退治誉(みなもとのよりまさぬえたいじほまれ) 田中 勇 近衛天皇がひどくうなされる夜が続いていた。ある夜、警護の者が、東三条の森から黒雲がわき出て清涼殿の上を覆い尽くす光景を目撃する。近衛天皇は弓の名手である源頼政にその原因をつかみ退散させるよう命じる。源頼政は黒雲の中で...
(動画版は2019年分です)7月1日 注連(しめ)下ろし 祭り初日に舁き山笠の流区域を清める行事。 町の角々に笹竹を立て、注連縄を張り、竹で作った”素朴”な御幣を添える。 櫛田神社神官が祝詞をあげ、期間中の安全を祈願す...
令和四年度 博多祇園山笠行事 新型コロナウイルス感染拡大予防 ガイドライン
令和四年度 博多祇園山笠行事 新型コロナウイルス感染拡大予防 ガイドライン博多祇園山笠の本年行事の催行に当たり、以下のガイドラインをご確認いただきますようよろしくお願いします。 令和4年 博多祇園山笠行事新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン 【別紙1】博多祇園山笠参加者リスト 【別紙2】健康チェックシー...