<<平成二十六年度バックナンバー 奮戦本能寺(フンセンホンノウジ) 三宅 隆 一五八二年天正十年六月明智光秀が、主君織田信長公を討った事件。当時信長は中国で毛利氏と対戦中の秀吉を救援する為、その先鋒武将に光秀を命じ、自らは 手勢わずかと共に京都に入り、本能寺に宿した。光秀は夜半、配下の大軍を率い、...
<<平成二十六年度バックナンバー 軍師官兵衛(グンシカンベエ) 川﨑 修一 今年の大河ドラマの主人公で福岡藩の藩祖黒田官兵衛の活躍を古式の山笠の様に表・見送りで一つの物語を制作致します。表は西の関ヶ原と云われた石垣原の合 戦を井上之房と吉弘統幸の馬上の槍の一騎打と官兵衛の采配振りを見送りは、中国の...
<<平成二十六年度バックナンバー 船弁慶(フナベンケイ) 田中 比呂志 源頼朝にうとまれた義経は、静御前と別れ、弁慶らとともに西国へ落ちのびる。しかし、摂津の国大物浦から船が出ると、俄かに大嵐となり、波間より平家一門の七霊が現れる。平知盛の怨霊が大刀を振り廻し、義経に襲いかかり弁慶は数珠を操って、...
<<平成二十六年度バックナンバー 奇襲本能寺(キシュウホンノウジ) 中野 親一 天正十五年(1582年)六月二十一日、織田信長の家臣明智光秀は京都本能寺に宿泊していた主君織田信長に反旗を翻し、これを襲った。森蘭丸を始めとする百名の家臣の必死の奮闘も及ばず、信長は自害した。 アニメ名探偵コナン(アニ...
<<平成二十六年度バックナンバー 常勝玄海鷹(ジョウショウゲンカイタカ) 置鮎 琢磨 今年のソフトバンクはちがうばい。注目の新戦力、私達が待ちに待った見逃せない試合、洗練されたチーム力。国指定の博多伝統文化「十番山笠」も、今年も無事出来たしホークスファンとみんなで「オイサオイサ」でがんばるバイ。 ...
<<平成二十六年度バックナンバー 軍師官兵衛(グンシカンベエ) 生野 四郎 慶三年八月十八日に豊臣秀吉が死去すると徳川家康が台頭し、これに石田三成が反発、両社の間で激しい権力闘争が行われ、慶長五年七月に石田三成は毛利輝元を西軍の大将に擁立し挙兵した。こうして両派の戦いは天下分け目の東西対決となり九...
<<平成二十六年度バックナンバー 再茲歌舞伎花轢(マタココニカブキノハナダシ) 置鮎 琢磨 江戸山王祭を題材とした所作事。手古舞の鳶に若い芸者がからむ粋で華やかな振付けが特色で、『お祭』の通称を持つ。大向うからの「待ってましたっ!」という声に「待っていたとはありがてえ」と返す場面が見せ場の一つ。 ...
<<平成二十六年度バックナンバー 黒田決戦石垣原(くろだけっせんいしがきばる) 置鮎 正弘 九州における関ヶ原合戦ともいえる石垣原合戦 黒田官兵衛孝高(如水)は家督を長政に譲り九州・豊前国中津城にて隠居していたが、上方で関ヶ原合戦が行われようとする報を受けるやただちに挙兵し、九州平定に動きだし、ま...
<<平成二十六年度バックナンバー 朱槍一竿傾而候(シュソウイッカンカブイテソウロウ) 亀田 均 戦国時代末の武将・前田慶次(慶次郎)。合戦となれば名馬・松風にまたがり、朱色の大槍で敵方を屠る一方、和歌や茶の湯などもたしなみ、しかも豊臣秀吉も 一目おいた傾きぶりであったという。前田家を出奔し、滞在し...
<<平成二十六年度バックナンバー 開祖誉発展進行(カイソホマレハッテンシンコウ) 置鮎 琢磨 博多祇園山笠振興会創立六十周年を記念して、承天寺の開祖であり山笠の起源と云われる聖一国師を題材に取り上げました。人形は施餓鬼棚に乗って祈祷水を撒き、疫病を退散した場面と、わらじを履いて山を舁いていた時代の...
<<平成二十六年度バックナンバー 藤太百足退治勇(トウタムカデタイジノイサオシ) 中村 信喬 平安中期の武将・藤原秀郷こと俵藤太といえば百足退治で有名です。舞台は近江国の瀬田川にかかる瀬田の唐橋。三上山を七回り半もする大百足が毎晩ここに現れ、人々を困らせていたのを武勇の誉れ高い俵藤太が龍神一族に頼...